27歳で夭折した貴公子 ポール・ハンター(Paul Hunter)の動画集
1996年、17歳で出場したRegal Welsh Openで、第一人者スティーブン・ヘンドリー(優勝)と渡り合って、その名を世に知らしめた。1998年のRegal Welsh Openで初優勝。「スヌーカー界のベッカム」とも言われた甘いマスクも重なり、一躍脚光を浴びる。初めて出場を果たしたWorld Championship 1999では、緒戦で敗れるも、対戦相手がまたしてもスティーブン・ヘンドリー(優勝)ということもあり、その実力は着実に評価され始める。
そして、2001年、2002年のBenson & Hedges Mastersを連続優勝、同じく2002年にはRegal Welsh Open、British Openも優勝と、一気にその才能を開花させた。
2004年のEmbassy World Championshipは決勝で親友のマシュー・スティーブンスに敗れるも、Mastersでは過去4年で3回目となる優勝を果たす。
2005年の春、彼は「神経内分泌腫瘍(ガン)」を発症していることを発表、以後治療生活に入る。化学療法を受け、翌シーズンには闘病生活の中、再びトーナメントに戻ってくるも、実力を発揮できず、その年を治療に専念することとなった。しかし、病魔をとめるにはいたらず、2006年10月9日、28歳を目前にこの世を去った。
BBCで放送されたポール・ハンターの追悼番組より
2005年、がんを公表した直後に出場したトーナメントのオープニングシーンから始まり、ハンターの短すぎる一生を友人・ライバルの証言や当時の映像を交えて解説していきます。プレイヤーとしての技能はもちろん、その甘いルックスに気さくな性格と、スヌーカー界の次世代を担うにふさわしいスター性を持ったプレイヤーでした。
後半に化学療法(抗がん剤治療)を受けながら、トーナメントマッチに出場しているシーンが出てきます。副作用で頭髪が抜け落ち、疲労困憊の表情ですが、彼は何よりもこの舞台に立つことを望んでいたそうです。
ベンソン・アンド・ヘッジズ・マスターズ(Masters)のハイライト集 Vol.1
- 2001年決勝 対ファーガル・オブライエン(Fergal O'Brien)
- 2002年決勝 対マーク・ウィリアムズ(Mark Williams)
ベンソン・アンド・ヘッジズ・マスターズのハイライト集 Vol2
強敵ロニー・オサリバンとの決勝戦。2-6とリードされた後に驚異的な追い上げを見せ、9-9で迎えた最終フレームの動画です。妻が不安そうに見守る中でのプレイ。途中、ポール・ハンターにミスが出て、ロニー・オサリバンに勝利が転がり込むと思いきや、オサリバンも痛恨のミスショット。ハンターのマスターズタイトル獲得が決まりました。
- 2004年決勝 対ロニー・オサリバン(Ronnie O’Sullivan)
Masters 2001 決勝 第16フレーム 136ブレイク
- 対ファーガル・オブライエン(Fergal O'Brien)
Masters 2001 決勝 第17フレーム 132ブレイク
6フレームで4回のセンチュリーを達成し、猛烈な追い込みを見せるポール・ハンター。17フレームを取り、この試合で初めてリードを奪う。
- 対ファーガル・オブライエン(Fergal O'Brien)
Welsh Open 2002 141ブレイク
- 対ケン・ダハティ(Ken Doherty)